目に見えないモノを大切にする
どうも、あなごです!
ひめも新生活はじめて、楽しんでいるようでなにより!
4月から生活が変わった人、だいぶ新生活には慣れたかな?
仕事を始めた新社会人はどうだろうか。
あなごもピカピカの新社会人と一緒に研修受けてるけど、自分の年齢との差に絶望しちゃうぞ☆
研修も色々と面白い体験をさせてもらっています。
研修の中で、静岡浅間神社の人から話を聞く機会があったのですが、そこで神社の方が仰っていたことが頭に残ってます。
「神社とは祈りを大切にするところです。そして、祈りは見えないものです。形にしたら、祈りは消えてしまう」
確かに、神様っていうのは実在しないもので、日本人は昔から見えないものに信仰心を抱いていた。
まぁ、よく考えれば宗教とかってみんな見えないもの(神様)を信じているのだけれども。
そう考えると、神様っていうのは祈りみたいなもので、やっぱり目に見えない、人々の想いを神社は祀っているってことになるのかな。
そういえばコードギアスの主人公ルルーシュの「ギアスは願いだ」なんてセリフも思い出しちゃいますね。
願いは口に出したほうが叶うなんて言う人もいるし、
願いは口に出さずにいたほうが良いなんて言う人もいる。
果たして、どちらがいいのやら。
演劇をはじめとした舞台芸術も、
見えないものを見せるのが舞台じゃないかと思う。
気持ちって目に見えない。
見えないからこそ感じるものだと思う。
役者が舞台で目に見えない物を表現して、観客がその見えないものを受け取って、
そこで舞台芸術っていうのは成立するんだと思うんだけど、
それって、見えないものを共有できたってことなんだと思う。
そうしたものの積み重ねで文化っていうのは出来上がっていくんだろうな。
歴史で学ぶ文化っていうのは、あくまでその文化から生まれた物は目に見えるけど、
その時住んでいた人の気持ちや生活っていうのは、あくまで想像するしかできない。
つまり、文化は目に見えないものなんだと僕は思う。
神様と一緒。
目に見えないからこそ、
それを大切にして、
人と共有していく。
そうしていくことで、何かまた生まれるんじゃないかと、期待している。
これは昨日行った、山梨県にあるハイジの村。チューリップがきれいだったな。